「 P-actとは ! 」
京都には数多くの劇団がありますが、稽古場を持っている(ないしは確保している)のはほんの一部です。わずかな事業収入で稽古場を維持していくには経済的にかなりの苦労を強いられるので、必要な時期だけどこかのスペースを借りるというのが大半なのです。
にも関わらず「創作活動を続けていく為には拠点となる空間(地場)が必要だ」と、無理を承知で河原町今出川という市内至便にあるテナントビルの一室を借りたのが、80年代の京都小劇場界で異彩を放っていた「劇団京都笑好会議所」です。
同劇団はこの小空間を稽古場として使うだけでなく、機材を揃えて稽古場での上演も可能としました。公演を行い、観客と直接触れ合うという、小空間ならではの公演スタイルがファンを増やしていきました。
その後、劇団の中から分派して生まれた「劇団パノラマ☆アワー(主宰・右来左往)」が稽古場を継承維持することになり、同劇団がこの空間で生み出した数々の作品は日本全国で上演されていったのでした。
また、「P-ACT公演」と銘打った稽古場公演も行い、稽古場では毎日熱い創作の汗が流されていました。劇団の活動が活発していく中で、他劇団や個人の俳優も作品創りに参加するようになり、劇団の枠にとらわれない新たな「同士」が生まれていき、彼らの個性を活かした「ひとり芝居シリーズ」も生まれていきました。
しかし順風満帆に見えた劇団活動も、右来が劇団外・府外での仕事が増えていく中で停滞し始め、ついには稽古場が「開店休業」に。
即ち、無駄に稽古場の家賃を払い続けている状態になってしまいました。
元より潤沢な資金などなく、話し合いの結果、もう「解約」するしかない状況となってしまいました。
稽古場に保管してあった様々なものを処分していきながら、
「このまま、この空間を手放してしまっていいのか」
「この空間に積もった“創作の時間”を遺棄してしまっていいのか」
「ここを活用していく方法はないのか」
「劇団で維持していくのが無理なら、この空間を活かそうという個々人が集まって、家賃を出し合って支えることはできないか」
「支えるメンバーがこの空間をプロデュースしていき、少しずつでも収入をあげていこう」
...しんどいやろうなぁ...そやけど、やろう! とにかくやろう!!
そんなことから「解約」の話が大きく方向転換し、「協同活用」を目指すこととなりました。右来をはじめ、飛鳥井かゞり、黒田治、中田達幸など、俳優やスタッフ数名で家賃を出し合いながら、この空間を維持活用していくことになったのです。
「P-act」とは、
この空間を示す名前であると同時に、
私達メンバーの総称であり、
この空間が生み出す作品や出会いのことでもあります。
今後とも、新しい「P-act」にご支援・ご協力、よろしくお願いいたします。
☆企画の持込み、人材・機材提供、カンパ...等々、お待ちしております m(^_^)m